仙台高等裁判所 昭和63年(う)196号 判決
所論は,要するに,本件各犯行の真の原因をなすものは,被告人の知能の低さからくる精神的能力の幼稚,低格,未熟さと,更にそこからくる抑制,制御能力の欠陥にあること及び被害者A夫にも少なからざる落度があるのに原判決はこれらの点を看過しているうえ,近時の死刑に対する寛刑化傾向等をも考慮すると,被告人を死刑に処した原判決の量刑は不当に重く,無期懲役に減刑すべきである,というのである。
そこで,記録及び証拠物を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せ検討する。
本件は,被告人が原判示のように,仙台市内の住宅地に二人暮らしの老夫婦A夫(82歳),A妻(75歳)の両名を殺害して金品を強奪したうえ,その死体を同市内の松林内に投棄した,という強盗殺人,死体遺棄にかかる事案である。
犯行の動機は,A夫の話等から同人方に巨額の現金等があると思い込んだ被告人が後記のような同人に対する憎悪の念と相俟って,金品強取を企てたことにある。犯行の計画性,決意についてみるに,被告人は原判示鉄筋(長さ約34.5センチメートル,太さ約2センチメートル,重さ約750グラム)を拾い,これを凶器とする殺害を思いつくや,これに予めガムテープを巻き付け,ガムテープ,軍手等と共に一式をバックに隠し持って準備し,犯行前3回にわたりA夫方を訪れてその機会を窺ったが,容易に実行できなかったことから,占いをたて,A夫にとっては悪い日で自分にとっては良く,事件が迷宮入りになると判断した昭和61年2月20日を決行の日と定め,この日こそは絶対に実行するとの決意のもとに,当日右一式等を携え,A妻が外出中の昼過ぎ,A夫と面談しながらその機を窺い,目論見どおりまずA夫を怒らせて口論し,自己の殺意を昂ぶらせ,計画通り実行に及んだのであって,周到な計画に基づき,金品強奪に向けた決意にはなみなみならぬ強いものがある。犯行の態様は,まずA夫の額部,頭部を鉄筋で数回殴打し,効き目が足りないとみるや鉄筋の先のガムテープを剥ぎ取り,そのむき出し部分で更に頭部を数回殴りつけて頭蓋骨を骨折させる等し,同人がなかなか息絶えないとみるや,同人方の日本刀で数回峰打ちしたうえ,頸部に室内にあった電気ウォーマーのコードを巻き,締め付けるなどして殺害を遂げた後,恬として台所等で返り血を洗い流し,A妻の帰宅を待ち構え,帰って来た同女の肩に手を掛け押すようにし,言葉巧みに奥の間に誘い入れ,鉄筋でその頭部,額部を滅多打ちにして頭蓋骨粉砕骨折等の傷害を負わせ殺害した,というもので,原判決が本件を残虐このうえない犯行と断じたように極めて残虐かつ執拗であって,室内に飛散した夥しい鮮血と肉片,骨片を見るとき,本件犯行の凄絶さは目を覆うばかりである。その上で室内を物色し,A妻から奪った現金1万2,000円のほか,預金通帳,証書等を奪って近隣者の目前を平然を装って一旦犯行現場から立去り,知人から普通貨物自動車を言葉巧みに借り出して,その日の深夜に現場に舞い戻り,両名の死体を用意してきたビニールシートに包んで右自動車の荷台に載せて搬出し,これを市内の街はずれの松林内に遺棄したものである。
被告人の犯行によって突如として平穏な余生を無惨に断ち切られた被害者らの無念さは察するに余りがあり,遺族も謝罪等の申し出を固く拒んでおり,その被害感情や本件犯行の社会に与えた衝撃もまことに甚大なものがある。このことからすれば,被告人の刑事責任は極めて重大というほかない。
そこで,まず,所論の本件犯行が被告人の精神的能力の幼稚,低格,未熟さによる犯行抑制能力等の欠陥に起因するものであるとの点について検討する。
本件犯行は,原判決が説示するように,行きがかり上あるいは思いがけない事情から結果として重大な犯行に及んだ場合とは全く異質の,冷酷な計画的強盗殺人事件である,というべきところ,所論は,被告人の性格に凶暴性,凶悪性が少しも感じられず,両名の殺害を決意するに至った原因,動機や心情が常人には容易に理解し難いこと,計画的犯行ではあるがその計画及び実行は極めて疎漏であること等はその著しい特徴であり,これらは取りも直さず被告人の未熟な精神能力の表れであるとし,その特徴として15項目を掲げる。
原審における鑑定人保崎の鑑定結果(同鑑定人作成の精神鑑定書及び同人の原審証人としての供述を含む。)によれば,「被告人は,知的水準の低さ(IQ75)と人格発達の未熟さ,偏りに問題があり,虚栄心が強いが,社会場面に直接関係のある常識性,判断力はどうにか普通程度にある。犯行は右の知能,性格のうえに行われたもので精神病状態にあったとは思われない。」とされる。
そして,当審における鑑定人小田の鑑定結果(同鑑定人作成の鑑定書及び同人の当審証人としての供述を含む。以下「小田鑑定」という。)によれば,「被告人は,知能程度が境界線級(IQ74)にあるが,日常生活の実際場面では支障を来すほどではない。性格的には,低知能者によくみられるように被暗示性,受動性が強く,これに呪術的思考の影響も加わって,日常的場面での認知能力が障害されているわけではないけれども,主観的・作話的傾向,現実遊離の傾向すなわち視覚心像が実体性を帯びる傾向,空想や夢が現実性を帯びる傾向が認められる。…中略…なお,被告人には,脳器質性の人格障害の存在は否定され,精神分裂病,妄想症(パラノイア)にも相当しないし,偽神経症分裂病や外来分裂病などのいわゆる小さな精神病の症状もみられない。」としつつ,被告人の犯行時の心理について,弁護人が掲げた15項目にわたる問題点を吟味検討し,以下のように鑑定する。すなわち,「被告人は,境界線知能者(低格)であり,従って幼稚で人格が未分化,未熟であることは常識的前提として一応これを認めることができるが,被告人が,本件のような残酷な行動に及んだのは,知的低格というよりも,ろしろ惰性欠如性性格(冷情性)の現れといえる。」とし,そして,本件犯行の動機,周到な準備,証拠隠滅工作については「了解不能の点はない。…中略…被告人の行動が何となく劇画的に見え,犯行全体が冷酷な犯行というように見えないのは,被告人の混合性人格障害及び境界線級の知能と,空想的で呪術的な性格が影響しているからである。」というのである。…中略…以上を統括して小田鑑定は,本件犯罪の心理機制として,「被告人の知能低格と混合性人格障害の人格傾向が複合して犯行に関係しており,更に,認知面の障害を有する分裂病型人格障害の要素を有しているから(例えば,被害者方に巨額の現金等があると思い込んだ状況判断にみられるように),事理弁識能力に若干の障害(支障)があることは認めなければならないであろう。」としつつ,他方,「被告人の人格障害は,典型的なものではなく,その傾向といった程度でさ程顕著ではない。被告人は知能は低いが日常生活における判断力は正常人のそれと質的に大きく異なっているとも思われず,社会的適応性も良好であり,知能低格,人格障害はむしろ,犯行態様にその色調として影響を与えているにとどまり,責任能力には少しも影響を及ぼすものではない。」としている。
以上の小田鑑定をもとに更に検討をすすめる。
…中略…
なるほど,所論のいうように,被告人が被害者方に大金があると思い込み,次々と空想をふくらませてこれを強取する期待に胸をはずませ,ようやく2人をも殺害までしたのに,思惑がはずれて予期した現金がなかったとわかるや,これをA夫の嘘つきのせいにして立腹している様など劇画的に見え,被告人の精神の幼稚,低格さを窺わせる言動も存するが,前記認定のように,本件が周到に計画された強盗殺人事件であって,被告人が被害者の自宅に巨額の現金が存在すると思い込むに至る過程についても,前記にみたとおりの相応の理由があるうえ,前述したところ及び以下に述べるように,通常人にほぼ匹敵する判断力を働かせての行動も多々認められるのであって,被告人の右行動を劇画的とのみ評価し去ることは許されない。
すなわち,本件犯行における被告人の実際の行動を見るに,A夫を殺害中においても,犯行現場である被害者方への電話を不通にするため,電話用のヒューズを抜き取ったこと,自己が被害者宛出した年賀状から足がつくのを恐れて被害者方の自己が差し出した手紙等を探して持ち出したこと,自己の指紋を拭き取っていること,A夫殺害後,A妻が帰宅したことを知るや,発覚を防止するため,咄嗟に玄関に鍵を掛けて同女をして台所入口から入らせて後手で同女に気付かれないようにして施錠をしたうえ,前述のとおり肩を押すなどして人目につかない奥六畳間に誘い込んで凶行に及んでいること,両名を殺害した後は,死体を砂浜に埋めようとしたが果さず人通りのない松林内に引きずって遺棄したこと,犯行後においても,凶器や犯行時の着衣等を河川等に投棄したり,他人から頼まれたように装い名義人以外の者が預金を払い戻す方法を尋ねたこと,更に被害者の死体発見の報に接するや,強奪した預金証書等による払い戻しを断念してこれを焼却したことなどが認められるように,通常人に劣らぬ判断を働かせて発覚防止ないし罪証隠滅工作の数々を重ねているのである。
以上を要するに,本件はやや特異な犯行動機に基づき,被告人の冷情性人格等の特異な人格傾向に根ざした面も窺われるにせよ稀に見る冷酷,残虐な事案といわざるを得ない。その犯行の心理機制において,被告人の知能低格や小田鑑定のいわゆる混合性人格障害が影響し,事理弁識能力に若干の支障があるとはいうものの,犯行に至る経緯,犯行の計画性,態様,その後の工作状況など一切の事情を併せ考慮すると,被告人は通常人に劣らず相応の認識,判断力をも有し,知能低格ないし未熟者の犯行であるとは軽々には考えられないところがあって,弁識能力の減弱の程度は全体としてみればさほど高いものとは認められない。
…中略…
してみると,なるほど,被告人の生い立ちや環境には同情すべき面があること,小田鑑定等により被告人の精神的成熟度が所論がいうように多少とも未熟で低格な点があり,性格的負因と相俟って,事理弁識能力に若干の支障(減弱)があることが認められるとはいうものの,全体的に考察すれば,その程度はさ程のものではなく,これをもって直ちに刑一等を減ずべき事由とはなし難いし,被害者A夫にさしたる落度があったとも認められない。そのほか,被告人はこれまでに前科がなく,本件発覚後犯行を率直にすべてを自白して反省していること,そのほか被告人にとって有利と思われる一切の情状を併せ考慮し,かつ,死刑が窮極の刑であって近時その宣告が減少化の傾向にあることを勘案してみても,本件犯行の罪質,前記のような本件強盗殺人の動機,計画性,態様,ことに無抵抗の老人2名が惨殺されて多額の財産を奪取された結果の重大性,右犯行後の死体遺棄,証拠隠滅工作などどれをとっても犯情は極めて悪いうえ,被害者らの遺族の被害感情や本件の社会的影響も重大である。これらに鑑みると,本件はあまりにも悪質,重大であって極刑をもって臨むほかないとの結論のもとに,被告人を死刑に処した原判決の量刑はまことにやむを得ないところで,これが重過ぎるとして破棄すべき理由は見出せない。論旨は結局理由がないことに帰する。